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会社員 四ッ谷 知昭さん

育休、お勧めします

日本の男性サラリーマンで、育児休暇を取得する人は、まだ少ない。そんな中、職場で初めて男性として育児休暇を取得した人がいます。

「ぜひ、たくさんの男性社員に育児休業(育休)を取得してほしい。それも、できれば1年ぐらい。きっと人生の価値観が変わると思います」と言い切る四ツ谷知昭さん。その口調に迷いはない。

日本の男性にとって、育休の取得はまだまだハードルが高い。2012年度の調査結果によると、取得率はわずか1.89%(厚生労働省調査。女性は83.6%)。しかも、男性取得者の8割以上が1ヵ月未満となっている。しかし、育休を取る男性がいないわけではない。四ツ谷知昭さんは、2002年に最初の娘さんが生まれたとき、職場で男性として初めて育休を取得した。そして、育児だけでなく、家事も積極的に分担している元祖「イクメン(育児に積極的な男性)」だ。

ある日突然、育休取得を宣言

奥さんの亮子さんとは東京の大学時代に知り合った。知昭さんが東京で就職し、大学院に進学した亮子さんと結婚。知昭さんの帰宅が遅く、亮子さんが大学院生だったこともあり、結婚当初は家事のほとんどが亮子さんの担当だった。家事の分担については、2人の生活のリズムから自然にそうなった。

転機になったのは出産。亮子さんは、名古屋で新しい仕事を始めて間もない頃で、育児と仕事の両立についていろいろ考えていた。ある日、突然、知昭さんから「僕が育休を取るから」と提案があったという。亮子さんは、びっくりしたのと、とても嬉しかったことを覚えている。知昭さんは「2人の今後のキャリアを考えて、論理的にベストの結論を出しただけ」と冷静に分析する。

知昭さんが両親に育休取得を伝えると、少しは驚いたようすだったが、「もともと変わったことをする子だから」と、納得していたそうだ。

家事は家族の絆を深める

2人は亮子さんの両親が近くに住む名古屋に家を移し、8ヶ月の育休を取得した知昭さんの家事と育児の「専業主夫」生活が始まった。

料理や洗濯、掃除などの家事自体は、そんなに大変でも、苦痛でもなかったと話す知昭さん。「掃除をもう少し効率的な順序でやろうとか、こんな料理を作ってみようとか、家事をタスクと考え、自分で目標を設定するんです。そして、それをクリアすることで、達成感が得られます」。まるでゲームをやっているような感覚だ。でも、「主夫」として家事を経験することで、意識には大きな変化があったという。

知昭さんは「家事を担当することで、家族との関わり方が変わった気がします。同じ作業を経験することで、妻の気持ちが理解できるようになりました」と話す。家事は、忙しいときでも、疲れているときでも、誰かがやらなくてはならない。実際にやった経験があれば、その大変さも共有できるし、夫婦の共通理解につながる。

「それから、家事って、家族のことを思いながらやる作業じゃないですか。例えば、夕食の献立を考えるときに、何が食べたいだろうなとか。洗濯した服をたたむときにも、きれいにたたんだ方が気持ちいいだろうな、とか」。知昭さんは家事をすることで、家族を考え、相手の気持ちを理解しようとするようになったという。亮子さんも、「以前は自分の考えだけでいろいろ決めていたが、家事や子育てを通じて、こちらの話を聞いてくれるようになった」と変化を感じている。

真剣に考えた「専業主夫」

子育ては家事よりてこずることもあったが、それ以上の大きな驚きや喜びがあった。例えば、夜泣きのときに眠らずに世話をするのは大変だ。でも、そんな苦労を経験することで子供との絆を一層感じられるし、親であることを実感し、亮子さんとも共通の視点を持つことができたと知昭さんは考える。

また、最初は母親と同じことはできないと思っていたが、子供が世話をしてくれる人に対して「母親」のような気持ちを持つということに気付いた。育休が終わり、家族と離れて単身赴任の生活が始まったころ。娘さんは困ったことがあると、近くにいる母親ではなく、父親の知昭さんの姿を探し回ったという。「その話を聞いて、こっちが泣いてしまいました。小さな娘と過ごす楽しさを知り、退職して『専業主夫』になろうかと真剣に考えました。将来の生活設計などを考え、最終的にはあきらめましたが」と大きな目を動かして笑いながら話す知昭さんは、どこか自慢げだ。

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単身赴任の今は週末だけ…

周囲に迷惑を掛けたくない

知昭さんが育休を取るとき、職場内で批判的な声もあった。そういう風潮に対して、風穴を開けたいという気持ちもあったそうだ。「制度があるなら、取得するのに遠慮することはないと思うんです」。そんな知昭さんを女性の同僚たちが「男性が育休を取りやすい社会は、女性が働きやすい社会です」と後押ししてくれたという。

知昭さんの育休取得後、後輩の男性から育休について相談を受けることも多くなり、実際に取得する男性の同僚も増えた。取得するかどうか、みんなが一番悩むのは「周囲に迷惑を掛ける」ことだ。自分の仕事を周囲の誰かに任せることになり、仕事の負担を増やしてしまう。職場の大変さがわかるだけに、仕事仲間の顔を思い浮かべると、なかなか決断できない。しかし、知昭さんによると、職場の対応も徐々に改善しており、代行のスタッフを補充するだけでなく、組織全体の人の配置で休む人の穴を埋めるような形での対応も増えているそうだ。

週末の家事はすべて担当

現在、知昭さんは平日は職場のある東京で過ごし、週末に2時間半かけて新幹線で家族のいる名古屋に戻る。金曜日の夜に帰宅、月曜日の早朝に出発というハードスケジュールだが、「娘に会いたい」という気持ちがあるから苦にならない。普段の家事や育児は亮子さん任せなので、土日の家事はすべて知昭さんが担当。料理を作って娘さんが「お父さんの方がおいしい」と言ってくれると、満足感が広がる。知昭さんに、男性の育休取得の増加に必要なことを尋ねてみた。「賃金の男女格差の解消。そうじゃないと男性は休みにくい」と真剣な表情で話し、次に「子育ての楽しさを知ることでしょうか」と、今度は優しい父親の笑顔で答えが返ってきた。

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