日本のことばと文化 初級1 A2 MARUGOTO Plus

ふりがなの つけかた
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折形研究家 山口 信博さん

気持ちを形にする

折形。それは、日本に古くから伝わるものを贈るときの礼法。場面や人間関係によって、包み方を変えて、思いや気持ちを伝える。そんな折形を通して、包むこと、贈答の意味を考え続けている人がいます。

東京都港区の南青山。ブランドのブティックなど、おしゃれなビルが立ち並ぶ道路から少し横道に逸れて坂を少し下ると、控えめな佇まいの3階建ての建物がある。ここで定期的に折形のワークショップが行われている。中に入ると、畳に10人ほどの男女が机を前に正座していた。中央の机の上には、和紙、水引、そして箱や筒が置かれている。

「今日は『おくりものごっこ』をやってみましょう」。このワークショップを開いている折形デザイン研究所の主宰であり、講師でもある山口信博さんが、参加者に柔らかく話しかける。2人が選ばれて、物を贈る側と受け取る側の役割を演じる。設定はとても具体的で、書道の先生が賞をもらった記念にお祝いのプレゼントを贈る、贈るものはお茶、敬意の気持ちを表したいがあまり堅苦しくならないようにしたい、などなど。「折形でものを包むとき、どんな関係の人に、どんな場面で、どんなものを、どんな気持ちを込めて贈りたいか、それを考えなければなりません」と山口さんが説明する。

折形というのは、贈り物を和紙に包んで贈る日本の伝統的な礼法である。包装された外見は、白を基調として、和紙の折り方や水引の結び方でいろいろな意味を表現するシンプルなもので、派手な装飾とは対照的なデザインだ。そして、贈る側と受け取る側の人間関係や場面、中身などによって、使用する和紙の質、紙を折る回数や折り方などを変えていく。

「意味」がわかるデザイン

グラフィックデザイナーでもある山口さんは、偶然、この折形について書かれた江戸時代の本と出会い、折形の研究を進めることになった。

それまで山口さんは、ヨーロッパのモダンデザインなどを中心に追いかけながら、同時に自国の文化を無視しているような感覚があり、これはおかしいんじゃないか、と薄々感じていたときに出会ったのが折形だった。

「調べ始めたら、知らないことが多く、面白くて仕方がなかったんです。例えば熨斗鮑包みという折形があります。祝いの際の進物に添えて贈るのですが、これは海の幸の象徴である鮑を贈ることを形にしたデザインです。意味がわかるというのは、近代的で幾何学的なグラフィックデザインをやってきた自分には、とても新鮮でした」と話す山口さん。デザインの中に日本の生活や文化につながる意味が確かめられることで、「借り物ではないデザイン」だと感じたという。

「外国には行っていて、名所旧跡はみんな見てきた。でも、自分の足下にある文化を実は知らなかった。海外での見聞は広げて何でも経験してくるけど、自分たちの日常のすぐそばのことに、深い意味があったなんて知らなかった。例えて言うと、そんな感じです」と、山口さんは記憶をたどりながら、少し表情を和らげた。

慎ましさと配慮と

物を贈るという行為は、世界中の文化や社会に共通するものだし、物を包んで贈るということも、珍しくはないだろう。山口さんは、折形を通して「包む」ということにも関心を深めており、包むことの意味を考えている。

「たとえば、旅館に泊まってとても気持ちのいい接待を受けたとします。それで、世話をしてくれた旅館の仲居さんにありがとうという気持ちを伝えたい。そんなとき、お金をそのまま渡すと労働の対価のような気がしてしまう。でも、お金を紙に包んで渡すことで、もてなしに対する感謝の気持ちを伝えることができる気がする。包むという行為には、そんな力があると思います」。そして、その気持ちを伝える方法の一つが折形だという。

山口さんによると、折形の特徴は「慎ましさ」と「相手への配慮」だそうだ。「慎ましいという言葉は、包むと同源なのですが、折形はとても慎ましいんです。わざわざ中身を白い和紙で隠してしまうんですから。西洋的なラッピングって、相手に喜んでもらいたいという気持ちは同じだと思いますが、派手に見せたいというか、贈る側の自己表現になっている部分があると思います。でも、折形は贈り手の個性を主張するようなことはありません」。相手への配慮という点では、折形の包み方は必ず右前になっている。これは、右手で包みを開く人が多いので、開きやすいようにという配慮だ。

気持ちを込めて折る、包む

相手のことを考えながら、気持ちを込めて自分の手で丁寧に折っていく。そして、贈り物を受け取る側は、包みを解きながら、同時に贈ってくれた人の気持ちも読み解いていく。今では、折形の作法を知っている日本人は多くないが、包むという行為を大切にする文化は消えていないという。

「日本の人って、贈り物をもらったとき、包装をビリビリ破いたりせずに丁寧にほどくでしょう。貼ってあるテープとかも、紙が破れないようにゆっくり、ゆっくりと。あれはね、包むことを大事にしているからだと思います」。

山口さんは、この折形という慎ましやかで、相手への配慮に重きをおく「包む」文化を日本だけではなく、広く世界にも伝えたいと考えている。そして、海外でもワークショップを開いている。

東京、南青山のワークショップ。なごやかな雰囲気の中、笑い声もあふれていた部屋が、参加者が手を動かし始めると、すうっと静かになる。みんな、折ることに集中するからだ。気持ちを込めて折る表情は真剣そのもの。折形を習い始めて、冠婚葬祭やおもてなしなど、人と応対するいろいろな場面で、今まで意識していなかった伝統的な習慣があることに気づくようになった参加者も多い。そして、由来などいろいろなことがもっと知りたくなったそうだ。

ある参加者は、友人の結婚式のお祝いを自分で作った折形のお祝い袋に入れて持っていったそうだ。並んでいる袋をみると、人気のキャラクターがデザインされたものがずらり。友人には折形の知識はなかったそうだが、後で「手作りの袋に気持ちがこもっていてうれしかった」という感謝の手紙をもらったという。確かに日本の「包む」文化は消えていないようだ。

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